スピード矯正研究会 定例勉強会 7月26日

『SARPEによる上顎拡大前後の検討ー小児の急速拡大はOSASの予防になりうるかー』

定例勉強会 7月26日

今回の担当は兵庫県神戸市ご開業の山之内哲治先生でした。

定例勉強会 7月26日

先日、札幌で行われた日本睡眠学会でも発表された『SARPEによる上顎拡大前後の検討ー小児の急速拡大はOSASの予防になりうるかー』をより詳しく説明していただきました。

歯科医師として普通に仕事をしているだけではなかなか聞くことの出来ない興味深いお話を聞くことができ、とても勉強になりました。

閉塞型睡眠時無呼吸症候群

OSAS(Obstructive Sleep Apnea Syndrome)とは、閉塞型睡眠時無呼吸症候群のことです。上気道の閉塞によっておこる無呼吸・低呼吸状態になる症状のことで、睡眠時無呼吸症候群の原因の95%を占めていると言われております。原因としては加齢、肥満、日本人に多く見られる下顎骨が小さいなどの骨格の異常、慢性副鼻腔炎やアレルギー性鼻炎や鼻中隔湾曲などによる鼻閉、飲酒、高血圧や糖尿病、機能的異常など様々なものがあります。OSASは眠気やいびきが気になる方が多いかもしれませんがそれに伴う合併症に注意が必要です。合併症としては高血圧、不整脈、心不全、糖尿病、高脂血症などがあり、脳血管障害などのリスクを健康な人と比較して10倍以上高めると言われています。

このような『いびき』や『無呼吸』は大人だけではなく子供にも起こり得ます。子供の場合の原因としてはアデノイド肥大や口蓋扁桃肥大、アレルギー性鼻炎に伴う鼻閉によることが多いです。アデノイド肥大は36歳、口蓋扁桃肥大は57歳で最大となり学童期の後半に次第に退縮します。個人差はありますが、好発年齢は26歳で成長や発達の時期に関係しています。また、近年、スギ花粉症の患児の増加もSAS(睡眠時無呼吸症候群)との関連が指摘されています。高度な肥満や下顎や上顎の顔面の形態異常もいびき、無呼吸を引き起こします。

症状としては、夜間の口呼吸や苦しそうないびき、無呼吸が主ですが、小児の胸郭は未発達のため過度に呼吸を行うことで陥没します。夜尿や起床時不機嫌、長時間にわたる昼寝(幼稚園、小学校での居眠り)、発育の遅れも見られます。また、落ち着きがない、多動、人格の変化による攻撃的な行動を引き起こすこともあります。長時間のSASが続くと、胸郭変形(鳩胸・漏斗胸)が生じたり、慢性的な低酸素症に伴う精神遅滞、睡眠中の成長ホルモンの分泌低下に伴う低身長になります。

近年、歯科でもOSASの予防、治療に取り組んでいる方は多く、矯正治療と関連の深いものとして急速拡大治療があります。

急速拡大治療とは、成長期の下顎に対して上顎の幅が狭い児童に固定式(取り外しのできない)の矯正装置を使用し、正中口蓋縫合に沿って人為的に骨折させることにより幅を合わせる治療法です。もちろん割れた上顎骨は骨で満たされ、拡大量は概ね維持されます。

また成長期の過ぎた成人に対してはSARPE (Surgically Assisted Rapid Palatal Expansion)という方法を行うこともあります。同様の装置を手術と併用することにより上顎の幅を拡大する方法です。

これらの急速拡大治療で上顎骨は拡大され、その効果は鼻にまでおよびます。その結果、鼻の通りが良くなると言われていますが未だ論文的根拠は乏しいです。

そこで今回、SARPEにより上顎骨を拡大した症例の術前後を比較することにより、上顎急速拡大がOSASの予防になりうるか、また処置として適切かの考察をご講演いただきました。

結果は、睡眠時無呼吸検査により睡眠1時間あたりの無呼吸と低呼吸の合計回数を表すAHIには有意な差はなかったが睡眠中に目が覚める覚醒数は有意に減少したが下顎骨の後退が著しい症例ではほとんど改善されなかった。また上顎の拡大のみでは咽頭部の虚脱を十分に改善できず、噛み合わせは悪化する傾向にあったというものでした。このことは、小児期に上顎拡大をしても成人において有効な効果が得られない可能性が高いことを示唆していると考えられるとのことでした。

この結果より上顎急速拡大は全額の矯正治療を行う前提で使用する方法であり、OSASがあり上顎の幅が狭い方であれば問題ないが、矯正治療の一環としてではなく、OSASの予防のためだけに上顎急速拡大治療を行う事はかみ合わせを悪化させる傾向があるので気を付けなければならないとのことでした。

今回の日本睡眠学会での山之内先生の発表は歯科だけではなく医科の様々な先生方と集めた莫大なデータをもとに作成されたものでした。私のように矯正を専門としている歯科医師にとっては急速拡大治療のみを患者様に行うことは基本的には無いと考えますが、私にとって当然のことも専門外の先生には分からないこともありその逆もまた然りだと思います。個人の力だけで解決しようとせずに多くの専門家の先生達とコラボレートした素晴らしい講演だったと思います。

スピード矯正研究会に参加させていただくことになってからまだ日の浅い私ですが、諸先輩方のように歯科や自分の専門分野だけに囚われず様々なものに興味を持ち、幅広い交友関係を持ち、これからも日々進化していきたいと思いました。

 

スピード矯正研究会 平手亮次

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