PiezocisionTM(ピエゾシジョン);低侵襲性スピード矯正 加速矯正の過去・現在・未来

クレイトン大学カダバーキャンプPAOO編 Prof. Dibert講義より

銀座矯正歯科 中嶋 亮

 

6月8日から開催されたクレイトン大学カダバーキャンプに参加してきました。

今回は特別にPiezocisionTMの提唱者であるボストン大学Dibert教授の講義を受講できるという一度きりのチャンスであったため、スピード矯正研究会のメンバーが数多く参加しました。

オリジナルを受講、そして今後もDibert教授は2020年まで海外講演の予定が決まっているそうですから、本当に貴重な機会であったと言えます。

 

「矯正歯科治療のためのコルチコトミー」ではDibert教授が「ピエゾシジョン;低侵襲性スピード矯正の術式」を執筆され、私が翻訳を担当させて頂きました。御本人にお会いできることは私にとって本当に特別な機会となりました。

スピード矯正研究会最高顧問である深澤先生が昨年のカダバーキャンプに参加され、クレイトン大学宮本教授と段取りをしてくださったことがきっかけとなり、とても幸運なことでした。

宮本教授は母校の同窓で、嬉しい御縁でした。コースを通じてPHIJ主幹であるつきやま歯科医院 築山先生とインディアナ大学 濱田先生の通訳があり、内容の理解を深めることができました。

Dibert教授の講義は時差に慣れた二日目に行われ、フレッシュな気持ちとクリアな頭で受講することができました。

クレイトン大学カダバーキャンプPAOO編 Prof. Dibert講義

Dibert教授の講義開始。資料ファイルの厚さに注目!

 

講義はコルチコトミー併用矯正治療の過去の歴史を紐解く事から始まり、寿谷法コルチコトミー以前をMechanical concept(主にブロック移動による物理的なコンセプト)、WilckodonticsR(ウィルコドンティクス)以降をPhysiological concept(主にRAP現象による生化学的なコンセプト)と分類しました。

RAP現象とは外科的侵襲(観血的な処置による侵襲)に対する骨の治癒現象を示し、生体の代謝活性の上昇によって一時的な骨密度の減少が引き起こされます。

Dibert教授はこの“一時的”な骨密度の変化を重要視しています。ボストン大学で共同研究を行っていたFerguson教授はこの一時的な骨密度の変化が矯正治療に及ぼす影響を以下のように述べています。

「外科的創傷は数時間以内に歯根表面を取り囲む骨の脱灰をもたらす。この低ミネラル化された骨マトリクスには、歯の動きに対する抵抗力がほとんど存在しない。次いで、不正咬合の解消を目的とした矯正治療によって低ミネラル化された類骨または網状骨が移動し、その後、再石灰化される。」

つまり、コルチコトミーに代表される加速矯正のための外科処置によって矯正治療中の骨内は歯が速く動く環境になり、その環境は骨密度の増加(復元)によってまた元に戻るということです。

 

ピエゾシジョンは従来のFlap手術(フラップ手術、歯肉を翻転する術式。

歯の動きに重要な炎症の範囲を拡大することができるが、侵襲が大きい術式)を用いた寿谷法コルチコトミーやDr. Wilckosが提唱したウィルコドンティクスと比較して、Flapless手術(フラップレス手術、歯肉の翻転を行わない術式)であるため低侵襲であることが大きなポイントです。

この利点によって、従来のコルチコトミーでは全顎的な手術を行うことが原則であることに対して、歯の移動を必要とする部分“選択的”に、必要な時期に複数回の“”連続的な外科処置を行うことができます。骨密度が回復した環境に対して、再度フラップ手術を行うことは患者さんにとってとても大きな負担ですから、ピエゾシジョンが患者さんの手術に対する負担を少なくすることは明白です。

ピエゾシジョンのコンセプトは1.低侵襲である、2.頬側歯根間への外科的なアクセスを行う、3.頬側歯根間のピエゾナイフを用いた皮質骨切除を行う、4.トンネリングテクニックによる必要部位への選択的な硬・軟組織の移植を可能とする、“矯正治療担当医の治療計画に基づいて歯周治療担当医が行う外科処置”です。

成人矯正治療が歯肉退縮の原因となり得ることは過去の論文で示され(Flores Flores-Mir C. Evid Based Dent. 2011;12(1):20., Renkema AM et al. AJO/DO 2013 Feb;143(2):206-12. )、矯正治療を始める前にCT撮影を行い歯肉退縮の予想される場所に対して対策を施すことが推奨されています(George A. Mandelaris et al. J Periodontol 2017; 88:960-977.)。

ピエゾシジョンは従来の加速矯正治療における外科的な手技と同様に成人矯正の問題点の一つである歯肉退縮の可能性をカバーし、且つこれを低侵襲で行うことができます。

 

American Academy of Periodontology Best Evidence Consensus Statement on Selected Oral Applications for Cone-Beam Computed Tomography George A. Mandelaris et al. J Periodontol 2017; 88:960-977.

 

ピエゾナイフによる皮質骨切除は、その骨代謝増強効果が1.水平的に両隣在歯1.5本分、2.垂直的に歯頚部から根尖部まで及びます。2016年のJournal of Dental Researchに掲載された論文で、ピエゾシジョンを行った場合は従来の矯正治療と比較して治療期間が43%短縮されたと発表しています。

また、従来の矯正治療と比較して患者満足度は有意に高く、加速矯正において有効な手段であることが述べられています(Charavet et al. J Dent Res 2016; 95:9:1003-9)。Journal of Dental Researchは歯科学では最も権威のある雑誌ですから、治療期間の短縮においてもピエゾシジョンの有効性がエビデンスベースで認められていることがわかります。

 

Localized Piezoelectric Alveolar Decortication for Orthodontic Treatment in Adults: A Randomized Controlled Trial. Charavet et al. J Dent Res 2016; 95:9:1003-9

 

Dibert教授によるPiezocisionのまとめは以下の通りです。

  • 顎外科手術に替わるものではない。
  • 生体の自然な治癒原理を応用している。
  • 従来の矯正治療と比較して治療期間が1/2~1/3に短縮され、トンネリングテクニックを介した軟・硬組織の移植によって粘膜組織の欠損を防ぐ、あるいは修正することができる(歯肉退縮のリスクを決定し得るバイオタイプの改変)。
  • インターディシプリナリー・トリートメント(複数の専門科の連携による治療)において受容可能な症例の幅が広がる。
  • 従来の矯正治療では困難であったような歯の移動の達成に寄与する。

 

Dibert教授の講義の後、ピエゾ矯正の症例を発表させて頂きました。

銀座矯正歯科では様々な手法を組み合わせて加速矯正を行っています。ピエゾシジョンもその手法の一つであり、寿谷法コルチコトミー、キョンヒ大学 Park教授が提唱するCorticision(コルチシジョン)、外科処置を伴わないバイブレーションやフォトバイオモジュレーションによる加速矯正装置(Vpro5やOrthopulseなど)、そしてSuresmileによる3Dデジタル矯正を組み合わせ、これをピエゾ矯正と位置付けています。

Dibert教授の前でプレゼンテーション

Dibert教授の前でプレゼンテーション

 

他院にて上顎前突の矯正治療に対して小臼歯抜歯、その3年後に銀座矯正歯科 深澤先生の元に来院された患者さんの報告でした。

抜歯後3年経過、陳旧化した骨は固く痩せてしまうため従来の矯正治療では歯の移動に限界が生じ、治療期間が延長する可能性がとても高くなります。

痩せてしまった骨に対して無理のない歯の移動をデザインするためにSuresmile(シュアスマイル)で診断と裏側(舌側)矯正装置のデザインを行い、これを達成するために外科処置としてコルチシジョン、ピエゾシジョンおよび加速矯正装置としてVpro5を併用しました。

患者さんも矯正のスピード治療についてよく調べてから深澤先生の治療を選択されたので、治療に対して非常に協力的でした。結果的に矯正治療期間は9カ月で終了し、成人矯正の問題点である顕著な歯肉退縮や歯根吸収は認められませんでした。

プレゼンテーションでは歯の移動とそれに対して選択した術式についてエビデンスと結果を説明し、発表後にはDibert教授からこれはpublish(論文として発表)するべきだとコメントを頂き、とても光栄でした。

Dibert教授とスピード矯正研究会メンバー

Dibert教授とスピード矯正研究会メンバー

 

今や加速矯正の種類は、外科処置を伴うものから非外科的なものまで幅広い内容があります。従来、矯正治療における歯の動きは炎症のコントロールとして捉えられていましたが、フォトバイオモジュレーションによって治癒をコントロールする加速矯正も現在は一つのテーマとなっています。また、患者さんの負担を考えると、外科処置を伴わない治療の方が受容しやすいことはわかりきった事実です。

しかしながら、成人矯正においてすべての患者さんが健康な歯周組織を維持することはあり得ません。程度の差はあれ日本人の半数以上に歯周組織の欠損が認められ(厚生労働省主催平成28年度歯科疾患実態調査より)、先に挙げた論文では16歳以上の矯正治療患者に歯肉退縮のリスクが生じるとされています。

歯周組織の欠損がある患者さんの矯正治療において、失ってしまった歯周組織の回復とこれから失うであろう歯周組織の強化を非外科的な手法で行うエビデンスについては報告がありません。

歯周組織の健康を維持・強化するための軟組織、硬組織あるいは補填材の移植には外科処置が必要です。また矯正治療と同時にこれを低侵襲で行うためには、フラップレス手術であるピエゾシジョンが現時点では最も有効なテクニックと言えるでしょう。

そしてまた、歯周組織の状態に合わせた矯正治療を行うためには3Dデジタルを用いた骨および歯根形態の把握による診断と治療計画が必要となります。さらにその治療計画を具現化することができる、3Dデジタル診断に直結した矯正装置があることが重要な要素です。

まとめると、現在のピエゾ矯正とシュアスマイルの組み合わせが、成人矯正治療の未来のベーシックと言えるのではないでしょうか。

スピード矯正研究会の一員として、デジタルと外科・非外科の加速矯正の融合を今後も追及することが私のテーマであると再認識することができました。

 

コースを通じて宮本教授、築山先生、濱田先生、野間先生には本当にお世話になりました。有難うございました。オマハへ向かう経由地ヒューストンでテキサス大学の見学を受け入れてくれたDr. Min、いつもありがとう。

スピード矯正研究会の先生方もプレゼン前後で励まして頂きありがとうございました。そして今回の企画の発起人であり、また、プレゼンテーションの機会を与えて頂いた深澤先生に改めて深く感謝いたします。