本記事は下記を引用した
出版社:クインテッセンス出版
書籍タイトル:加速矯正による治療期間短縮のコンセプト(p14〜
著者:山口 大
主な所属:世界矯正歯科医連盟(JWFO)編集委員/
矯正学的歯の移動のメカニズム
歯科矯正治療における歯の移動は、歯根膜および歯槽骨のリモデリングによってもたらされる現象である(図1)。
歯に加えられた機械的な矯正力は歯根膜を介して歯根周囲の歯槽骨の改造を誘発し、歯は移動する。
牽引側では歯根膜の伸展が起こり、骨芽細胞による骨添加が生じる。
一方、圧迫側では歯根膜はわずかな充血をきたし、歯槽壁表面に破骨細胞が現れ、これに接している歯槽壁面に直接性骨吸収(directresorption)が生じる。
破骨細胞の分化は、とくに骨芽細胞が発現する破骨細胞の分化誘導因子であるreceptoractivatorofNFkBligand(RANKL)によってもたらされる。
RANKL(receptoractivatorofNF-κBligand)はTNFリガンドファミリーに属する膜結合型サイトカインとして骨芽細胞をはじめとする破骨細胞形成支持細胞上に発現し、前破骨細胞の分化、融合を促進し、細胞の伸展、遊走、吸収機能の亢進に関与する。
RANKLの受容体RANKは破骨細胞前駆細胞上に存在しており、骨芽細胞と破骨細胞前駆細胞がcell-cellコンタクトすることにより、RANKL-RANK結合が起こり、破骨細胞の分化・骨吸収活性に必要な情報伝達経路が活性化される(1)。一方、破骨細胞の分化制御因子であるosteoprotegerin(OPG)は、破骨細胞の分化を制御するだけでなく、破骨細胞の機能制御やアポトーシスを誘導する(2)。
マクロファージコロニー刺激因子(M-CSF)は、破骨前駆細胞の生存と分化に必要なサイトカインであり、M-CSF受容体はc-fmsプロトオンコジーンの産物である。
c-fmsは細胞外リガンド結合領域、1つの膜貫通部分と細胞間チロシンキナーゼ領域からなる単鎖分子である。
M-CSF受容体もまた破骨細胞前駆細胞上に存在しており、M-CSFとM-CSF受容体が結合することにより、破骨細胞の分化・骨吸収活性に必要な情報伝達経路が活性化される(3)。
以上のことから、成熟骨芽細胞を含む骨芽細胞様ストローマ細胞は、M-CSF/c-fmsシグナルとRANKL/RANKシグナルを介し、破骨細胞分化を支持する。
矯正治療における歯の移動においてinterleukin(IL)-1α、IL-1β、腫瘍壊死因子(tumornecrosisfactor-alpha;TNF-α)、prostaglandinE2(PGE2)、cyclooxygenase2(COX2)、interferon-γ(IFN-γ)などの炎症性サイトカインの発現が増加する(4~6)。
図1矯正学的歯の移動のメカニズム
さらに、実験的歯の移動においてM-CSF/c-fmsシグナルとRANKL/RANKシグナルが中心的な役割を演じていると報告された(7)。
近年、矯正学的歯の移動における骨吸収には、骨表層にある破骨細胞と骨芽細胞のみならず、骨中に埋め込まれて互いに細胞性ネットワークを形成している骨細胞がメカニカルストレスに著しく応答して細胞間コミュニケーションを図り、破骨細胞形成における司令塔的な役割を果たすことがわかってきた。
矯正学的歯の移動のためにメカニカルストレスが歯に付与されると、圧迫歯槽骨の骨細胞は樹状細胞の活性化にもかかわるオステオポンチン(Osteopontin:Opn)を産生し、破骨細胞前駆細胞を骨表面に遊走・集結させて骨吸収を生じさせると考えられている(8~9)。
1.歯科矯正学的歯の移動における分子生物学
歯に矯正力が加わると、歯根膜(Periodontalligament:PDL)内の液体が動き、PDL中の細胞、細胞外マトリックス、神経終末が歪む。
それによって、神経伝達物質、サイトカイン、成長因子、アラキドン酸代謝物などの多くの分子が放出され、歯槽骨のリモデリングが開始される(10~11)。
矯正力により神経終末では、いくつかの神経ペプチド(サブスタンスP、バソアクティブインテスチナルポリペプチド、カルシトニン遺伝子関連ペプチド-CGRP)が放出され、毛細血管に作用し、白血球の圧迫領域への付着と移動を引き起こし(10)、歯周組織の細胞に直接影響を与えるシグナルタンパク質(サイトカイン、成長因子)を放出する。
さらに、圧迫側では局所的な低酸素状態が、内皮細胞および骨芽細胞において低酸素誘導性転写因子(HIF)-1αの活性化を引き起こし(12)、血管内皮増殖因子(VEGF)およびNF-kBリガンドの受容体活性化因子(RANKL)の発現が誘導される。
これらはPDL毛細血管から末梢血単核球/骨吸収細胞系細胞の誘導と破骨細胞への活性化を亢進する。
さらに、歯周組織(線維芽細胞、骨芽細胞、内皮細胞、骨被細胞)の細胞が矯正力を受けると、サイトカイン、成長因子、サイトカイン受容体を発現する。
骨芽細胞は、圧迫力に対してIL-1β、IL-6、IL-11、TNF-αおよびそれらの受容体を発現する。
IL-1βはオートクリン効果を示し、現象を増強させる(13)。
さらにRANKLの発現誘導を介して骨吸収活性を促進させる。
IL-6は破骨細胞の分化に関与し、TNF-αはM-CFSに応答して破骨細胞の前駆細胞を直接破骨細胞に分化させる。
IL-11は、骨芽細胞においてRANKLの発現を増強する。
牽引側では、PDL細胞が産生する成長因子(TGF-βなど)およびサイトカイン(OPGなど)が破骨細胞のアポトーシスを誘導し、骨形成を促進する(14)。
また、線維芽細胞は圧迫力を受けると、マトリックスメタロプロテアーゼ(MMP)を産生する。
MMPは、コラーゲン線維の分解(MMP-1およびMMP-8)と分解されたコラーゲンの除去(MMP-9およびMMP-2)を行い、歯の移動を可能にする(15,16)。
コラーゲンの分解は破骨細胞の活性化および骨への付着を促進すると考えられている。
最近、骨リモデリングにおいてケモカインが関係していることが明確になってきた(17~19)。
一般的にケモカインは白血球の走化を仲介し、細胞の分化を引き起こす。
PDLでは、CCL2(ケモカインリガンド2)とCCR2(ケモカイン受容体2)の相互作用が、矯正力により破骨細胞の前駆体を引き寄せ、RANKおよびRANKLの発現を介して骨吸収細胞の終末分化を誘導する可能性があることが報告されている(18)。
また、機械的負荷下でPDLにより発現される別のケモカインリガンドのCCL3は、破骨細胞および骨芽細胞の表面に存在するケモカイン受容体1および5(CCR1およびCCR5)との相互作用によって効果を発揮する。
ケモカインの効果は、結合する受容体によって異なる性質をもつ。
CCL3-CCR1の相互作用は、破骨細胞の癒合、分化/活性化による骨吸収の誘導を引き起こす(20)。
一方、ケモカインとCCR5の相互作用は、IL-10やOPGなどの破骨細胞の活性化を抑制するシグナル生成を増加させて骨吸収を抑制する(図2)(17)。
図2歯の移動促進アプロ―チ
歯の移動促進のエビデンス
現在、歯の移動促進効果が認められる方法として1)外科的手法、2)薬理学的手法、3)物理学的手法が報告されている(表1)。
1.外科的手法
歯科矯正学の進歩により歯列や顎の不正を矯正しようとする成人の患者数が増加している。
しかしながら、成人患者の治療は成長・発育のコントロールに適切な時期が完了しており、矯正治療が歯牙歯槽部に限局されるため、複雑になる傾向にある。
さらに、組織学的に成人の歯槽骨は若年者に比べて厚く、海綿骨が少なく、血液供給が少ない。
このため、歯の移動速度が緩慢になり、治療期間が長くなるなどの問題がある。
外科的手法には(1)Corticotomy、(2)Periodontallyacceleratedosteogenicorthodontics(PAOO)、(3)Piezocision、(4)Micro-osteoperforation、(5)Surgeryfirstがある。
外科的手法は外科的侵襲性があり、患者に追加のストレスや術後の痛みを与えるものの、それは日々改良されている。
現在、もっとも堅固な根拠かつ文献的に文書化された効果があり、多数の科学論文(表2)や総説で証明されている。
総説については構造化抄録の形式で(表3~14)にて掲載する(37~47)
2.Pharmacologicalagents
薬理学的手法により矯正治療中の歯の移動を加速する方法は、ランダム化臨床試験がほとんど行われていないため、科学的根拠があまりないと言える。
(1)Growthhormone(成長ホルモン)
成長ホルモン(GH)またはソマトトロピンは、前葉下垂体から分泌される。
骨の成長とリモデリング促進効果があり、不足すると下垂体性矮小症になる。
GHの作用は、骨芽細胞の増殖と分化の増加、タンパク質合成と石灰化を促進する。
Ribeiroら48は、ラットにおける実験的歯の移動速度に対するGHの効果を評価したところ、GH投与群では3日目にもっとも多くの破骨細胞が観察され、7日目の対照群の2倍になった。
このことからGHは骨吸収を促進すると報告している。
(2)Parathyroidehorrmone(副甲状腺ホルモン)
副甲状腺ホルモン(PTH)は、副甲状腺から分泌される化合物で、骨芽細胞上の受容体に結合し、活性化し、インスリン様成長因子1(IGF-1;ソマトメディン)の発現を誘導する。
これにより、骨芽細胞の増殖が促進され、RANKLを介して骨吸収が活性化される。
ラットの皮下にPTHを0.25μg/100gb.w.または4μg/100gm.c.を断続的に投与すると、第一大臼歯が1.6倍または1.4倍加速したことが報告された(49~50)。
(3)1,25-Dihydroxycholecalciferol(VitamineD)
1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロールは、主に骨組織に対して形成作用をもち、PTHと同様に、骨芽細胞の活性化と増殖を促進する。
ラットの歯の移動実験において、Collinsら(51)はビタミンDを3週間投与したところ、犬歯の移動量が対照群に比べて60%高くなったことを報告している。
また、Kaleら(52)は、臨床研究において上顎切歯の移動が23%増加したと報告している。
(4)Relaxin(リラキシン)
リラキシンはコラーゲン代謝に強い影響を与えるペプチドホルモンである。
invitroの研究では、リラキシンは直接PDLに作用し、コラーゲンタイプIの発現と放出を減少させ、特定のMMPの発現を増加させ、メタロプロテイナーゼ阻害剤(TIMP)の発現を減少させると報告されている(53~55)。
ラトの歯の移動実験において、Liuら(56)はリラキシン投与により初期の歯の移動に効果があると報告している。
(5)ProstaglandinE2(PGE2)
プロスタグランジンE2(PGE2)は、歯の移動に関してもっとも広く研究されたプロスタグランジンで、主にPDL線維芽細胞と骨芽細胞によって生成される(57)。
その生成過程は誘導性酵素COX-2(シクロオキシゲナーゼ2)と特異的な合成酵素(PGE合成酵素)によって生成される。
新しく生成されたPGE2は、結合するトランスメンブレン受容体のタイプによって異なる効果を示す。
PGE2は骨芽細胞においてEP2受容体またはEP4受容体に結合することによってRANKLの発現を促進し、破骨細胞の活性化を引き起こす(58)。
また、PGE2はEP1受容体に結合することで骨芽細胞による石灰化を促進することも示されている(59)。
さらに、PGE2はinvitroで破骨細胞の形成を促進することが報告されている(60)。
ラットを用いた動物実験では、PGE2が骨吸収を促進し、歯の移動を加速すると報告されている(61~63)
(6)Thyroxine(チロキシン)
チロキシンの投与は、甲状腺機能低下症の治療に推奨される方法の1つである。
インターロイキン1(IL-1)を介して、骨のリモデリングを増加させ、吸収を刺激するため、骨密度の低下を促進する。
Seifiら(64)は、ラットの歯の移動実験においてチロシン投与によって投与21日後において対照群では0.23mm移動に対して投与群で0.45mm移動したと報告している。
3.Physicalstimuli(物理的刺激)
物理的刺激による歯の移動促進効果についての研究が多く行われ、その有益な効果についてのエビデンスは散見される。
物理的刺激を使用する手法は、高価で特別な装置を使用する必要があり、定期的かつ繰り返し投与が必要であるため、日常的に適用するのが困難な場合があるが、歯の移動促進に有効であると考える。
(1)Electromagneticfields(電磁界)
電磁界は、細胞膜透過性に対して作用することが証明されている。
電磁界は、静的磁界(SMF)と脈動電磁界(PEMF)とに分けることができ、両方のタイプが一般医療で多年間使用されている。
SMFは、骨切術後の治癒プロセスにおいて、骨のリモデリングを促進し、また、外科手術またはインプラント後の骨量減少を防止する。
矯正歯科学の分野では、スペースクローズ、圧下、埋伏歯の挺出、および口蓋の拡大を促進する可能性がある。
Sakataら(65)はラットの動物実験において、歯の移動を加速するには、460mTのフラックス密度のフィールドを使用する必要があると報告している。
一方、PEMFは、骨芽細胞の増殖と分化を刺激し、アルカリフォスファターゼの産生を増やし、カルシウム代謝を調節することによって、骨折、骨壊死、骨粗鬆症の治療を改善することができる。
ラットの歯の移動実験での研究は、1.8mT(または1.5mT)のPEMFとNd-Fe-B磁石(ネオジム)を使用すると、歯の移動距離が増加することを示した。
Showkatbakhshら(66)による臨床試験では、1Hzの周波数と0.5mTの強度をもつ取り外し可能なPEMF発生装置を使用して、第一小臼歯抜去後の犬歯の遠心移動で6か月後、試験群と対照群の動きの差は1.57±0.83mmであったと報告している。
ただし、彼らは、人体への予測される影響には注意する必要があると指摘している。
(2)Vibrations(振動)
振動刺激を応用して矯正学的歯の移動を加速させる効果は動物実験で確認されている(67~68)。
さらに、振動刺激は携帯性、利便性、侵襲性の点で既に商業化されている。
最近、いくつかの臨床報告で振動が歯の移動速度に及ぼす影響を報告している(69~73)Dubravkoら(74)は、AcceleDentデバイス(OrthoAccelTechnologies、Inc.、Bellaire、米国)を使用して、0.25Nの振動と30Hzの周波数により、犬歯の移動量が対照群に比べて48.1%加速すると報告している。
Leethanakulら(75)は、1日15分の電動歯ブラシマッサージ(周波数は125Hz)で、3か月刺激したところ、対照群に比較して37.7%多く、犬歯の2.85mmの遠心移動が認められたと報告している。
(3)Photobiomodulation(フォトバイオモジュレーション)
フォトバイオモジュレーションは非常に侵襲性が少なく、治療波長の赤色光の組織への露光(600-1200nm)による影響により、蛍光色素と水による光の吸収が低減され、深部の軟組織と歯槽骨に到達できるようになる。
その結果、アデノシン三リン酸(ATP)の生成を促進する。
一方で、細胞活性の増加は骨代謝の増加につながり、歯の移動を促進する可能性がある。
フォトバイオモジュレーションに関する動物および臨床モデルの研究の研究では、主に長さが平均820nmのガリウム・アルミニウム・ヒ素(Ga-Al-As)低出力レーザーが使用され、その動物および臨床モデルの研究のほとんどにおいて、歯の移動の速度が著しく増加することを示している。
とくに低出力レーザー治療(LLLT)は、侵襲性が少なく安全性があるため、治療時間を短縮するための良い手段と考えられ、多くの動物および臨床研究において、低レベルレーザー照射が歯の移動を著しく加速させることを報告している(76~79)
(4)Alignersandself-ligatingbrackets(アライナーとセルフライゲイティングブラケット)
マウスピース型矯正装置(以下、アライナー)やセルフライゲイティングブラケットを使用した歯の移動の加速に関する研究は文献的には非常に少なく、組織学的な根拠に基づく研究もほとんどない。
セルフライゲイティングブラケットは、70年以上前にStolzenberg(80)によって考案され、リガチャーによって増加するアーチワイヤーとブラケットの間の摩擦を減らすことで、「スライディングメカニズム」の有効性が向上すると考えられている。
しかしながら、多くの研究では、従来のブラケットとセルフライゲイティングブラケットを使用した動的治療期間に有意な差はないと報告されている。
Guら(81)は、インビザラインシステム(AlignTechnologyInc.)がminorcrowdingの治療に対して有効であり、同等の効果を得る治療期間は、固定装置に比べて30%(5.7か月)短縮されたと報告している。また、Buschangら(82)は5mm未満の叢生のある150名の患者を対象にした研究で、治療期間が5.5か月短縮されたことを報告している。