本記事は下記を引用した
出版社:クインテッセンス出版
書籍タイトル:加速矯正による治療期間短縮のコンセプト(p36~38)
著者:坂本好明
主な所属:慶應大学医学部形成外科*日本形成外科学会専門医

ガイドラインの必要性

治療の中にはエビデンスに基づいたものではなく、経験が豊富で地位の高い医師の意見だけで治療方針が決まってしまうケースも少なくない。

そのため、本当に効果があるのか、安全なのかという重要なことが曖昧なまま、治療が行われていた。

そこで、EBM(科学的根拠)に基づいて適切と考えられる治療法を提示することで、患者と医療者が治療法などについて意思決定する際の重要な判断材料となる指標がガイドラインである。

ガイドラインの作成方法

1.エビデンスのレベル分類

上述のようにガイドラインは EBM =エビデンスに基づいて作成される。

ここでいうエビデンスは論文として報告されているものをさす。

いくつもの論文を渉猟して、それらを集めてガイドラインが作られる。

しかし、論文にはさまざまな形のものがある。経験が豊富で地位の高い医師が記載した経験に基づいた論文(エキスパートオピニオン)、症例報告、あるいは治療をした群としなかった群とを比較した論文(比較試験)などさまざまだ。当然だが、エキスパートオピニオンと比較試験を同等に扱うことはできず、科学的には比較試験のほうが、より説得力があり価値がある。

こうしたエビデンスのレベル分類は図1のようにエビデンスピラミッドとも称されている。

エビデンスピラミッドのうちもっとも有用性の高い論文はメタ分析、システマティックレビューになる。

一方、臨床におけるエビデンスにおいてはいくら Nature、Science レベルの優秀な基礎研究があったとしてもレベルは低いものになる。

図1  エビデンスピラミッド

図1  エビデンスピラミッド(参考文献1より引用改変)。

2.推奨グレード

エビデンス「レベル1」の論文を多く集めてそれらをもとに決定したガイドラインはきわめて説得力がある。逆にエキスパートオピニオンの論文をいくら集めたとしてもその説得力は科学的には弱いと言わざるを得ない。

そこで、ガイドラインで推奨されている診断や治療を行うことが、どのくらい勧められるかを段階的に表わすものが推奨グレードである。

グレードは推奨を作成する基となった文献情報の質を統合して決められる。

推奨グレードは Minds の分類が広く用いいられている。

この推奨グレードとエビデンスレベルの関係を図2に示す。

グレードの解釈が難しいところだが、D はいわゆる医療行為において “ 禁忌 ”と呼ばれる行為に当たる。たとえば「ぜんそく患者に鎮痛薬としてロキソニンを内服させた」というのがわかりやすい1例だ。NSAIDs は喘息発作を誘発させるために行ってはいけない。

逆に強く推奨するレベルのものがAに該当し、たとえば「高血圧の患者に減塩を指示した」というのが1例だ。患者数も多く、またそのデータが十分にある場合などはAになることが多い。

しかしながら、エビデンス「レベル1」の論文が見つからないことは少なくない。

むしろ倫理が厳しくなった昨今、いわゆる人体実験に近い臨床研究のハードルはかなり高くなり、レベル1のみならず、レベル2やレベル3の論文すらも渉猟できないなんてこともざらにある。これらのことからほとんどのガイドラインの推奨度はBか C1 の「行うよう勧める」、C2 の「行わないよう勧める」に大別される形になる。

では、A以外の推奨度はやってはいけないのかというと、そうではない。

もう少し解釈をわかりやすくかみ砕いて表現すると、次のようになる。

 

推奨グレードA:やらなきゃやばい

推奨グレードB:やるべき

推奨グレードC1:やってもいい

推奨グレードC2:やらないほうがよい

推奨グレードD:やるとやばい

 

推奨グレードAではないからと躊躇すると、ほとんどの医療行為はできないものになってしまう。Dは禁忌なのでともかく、ガイドラインはむしろBか C1、あるいはC 2 なのかということに重きを置いてみるのがよいだろう。

実はガイドラインで Aのものはほとんどない。一番多いのは、B あるいは C1 に当たる。

具体的にどんなものが C1 なのか、『形成外科診療ガイドライン 2 2021 年版 頭蓋顎顔面疾患』3のクリニカルクエスチョン(CQ)を参考に解説する。

CQ:顎顔面変形の診断と手術適応決定に頭部 X 線規格写真(セファログラム)分析は有効か?

CQ:顎顔面変形の診断に顎模型を用いた咬合分析は有用か?

CQ:上顎後退症に対して一期的前方移動術は有効か?

実際、上述のようなCQ が立てられて検討されている。いずれのCQ をみても形成外科のみならず矯正歯科医からみても、当然有効で、日常診療の中でも行っているはずだ。

その点から推奨度は A あるいは B と思われるのではないだろうか。

ただ、これがガイドラインの評価となると異なってしまう。

実は当たり前すぎて論文があまりに少ないため、いずれのCQ も「C1」と決定されている。

では、どんなものが B になるのだろうか?次項のようなCQ がある。

Minds による推奨グレード分類

図2  Minds による推奨グレード分類(参考文献2より引用改変)。

CQ:下顎枝矢状分割術は、下顎枝垂直骨切り術と比較して下顎の術後安定性に有効か?

いわゆる SSRO と IVRO の比較である。このようなものは多くの施設から比較研究の報告がある。そのため、ある程度質の良い論文が集まるため「B」とされた。

A〜Dそれぞれどれくらいの頻度になるのかを数えてみたところ、Aは1、Bは 19、C1 は145、C2 は 25、Dは0であった。ちなみに唯一AとなったCQ は「上顎の骨切り術において、低血圧麻酔は術中の出血量の減少に有効か?」というものであった。

最後に外科的手法を用いた加速矯正の有効性について CQ 方式でまとめたので、図4をご覧いただきたい。

外科的手法を用いた加速矯正にまつわるクリニカルクエスチョン

図4 外科的手法を用いた加速矯正にまつわるクリニカルクエスチョン

 

参考文献

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2.Minds 診療ガイドライン選定部会(監修).福井次矢,吉田雅博,

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3.日本形成外科学会,日本創傷外科学会,日本頭蓋顎顔面外科学会(編).

形成外科診療ガイドライン 2 2021 年版 頭蓋顎顔面疾患(先天性・後天性).東京:金原出版,2021.

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